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エゴイストは得をして、正直者は損をする?後悔する遺産の分け方

前回は遺産の総額を手早く、簡単に把握する方法を三回にわたってご紹介した。今回はいよいよそうして明らかになった財産をどうやって分けるかについて考えてみよう。
はじめに、次のようなケースを考えてほしい。

都内に住む拳法家、玲が同居の父を亡くしたのは今年一月のこと。
健啖家で足腰も達者だった父は、近く行われるはずだった、玲の妹哀倫の結婚式を他心待ちにしていた。
だが、悲劇は突然訪れた。玲の留守中、どこからやってきたとも知らぬ賊が彼の家を襲い、哀倫をさらっていったばかりか、父の命をも奪っていったのだ。
犯行後忽然と姿を消した男の行方は杳として知れず、手掛かりは、ただ背中に傷があったということと、常に白いヘルメットをかぶっており、「きさまの名前を言ってみろ」と、道行く人間に誰何して回るがあったということばかりだ。

妹を奪われたばかりか父までも亡くした玲の悲嘆はうかがい知るべくもないが、時は無残に過ぎ、やがて葬儀が終わり、相続となる。
哀倫は行方不明ではあるが、死亡が確定したわけではない以上、相続権はある。そこで、今回相続人となるのはきょうだいと母の三人。
財産は時価5,000万円ほどの自宅と預金・死亡保険金が4,000万円ほど。
さて、これをどう分けるか。

当初玲が考えたのは、もっとも親孝行と思われる選択肢、すなわち財産はすべて親に譲るというものだ。
夫に先立たれたいま母には生計を立てる手段はなく、手に職のある玲と比べ、今後生活が苦しくなることは必定だ。
だが財産があれば当座は暮らしてゆくことができるし、母娘は仲が良かったこともあり、これなら妹が帰ってきても、不服を唱えることはないだろう――そう踏んだのだ。
しかも、この分け方にはもう一つメリットがある。
配偶者の税額控除をフル活用できることだ。
通常、基礎控除額(3000万円+600万円×法定相続人の数)の額を越えた分には相続税が課されるのだが、配偶者が相続する分には、1億6千万円までは税金が一切かからない。
そのため、なまじ財産を三人で分けてきょうだいが相続税を払うことになるよりは、母に財産を譲り、税金を免れた方が賢明であるとも考えられた。

一見これは適切な判断であるように思える。しかし、父同様、母にも万一のことがあったらと気がかりになった玲は、彼女の死後の遺産相続をシミュレーションしてみた。

配偶者が全財産を相続するというのは、一見節税になるように思える。だが、長期的な視野に立つと、そうも言えなくなるのだ。

たとえば、母の死後哀倫が戻り、二人で財産をそのまま受け継ぐことになったとしよう。
すると、きょうだいで均分するとして、ひとり4,500万円、計9,000万円受け取ることになる。
すると、基礎控除の3,000+600×2=4,200万円を引いて4,800万円が課税対象となるのだが、これを相続税の速算表(こちらを参照)にあてはめて計算すると、二人で760万円、つまり一人当たり380万円もの相続税を払わなくてはならなくなる。

一方、父が亡くなった時点が三人で財産を等分し、3,000万円ずつ受け取った場合、まず母はやはり相続税を免除され、きょうだいは合計640万円の税負担。
最初に母が全て受け継ぐよりは軽減される。
さらに、父の死亡時に玲が全財産を相続していたらどうなるか。
この場合、彼は「小規模宅地の特例」を使うことができる。これは親の土地や建物を子が使い続けるとき評価額を最大80%まで下げることができるという制度であり、これを活用すれば持ち家は5,000÷5=1,000万円の財産とみなされ、他の財産と合わせて5,000万円相当を一人で相続する計算になる。
すると、相続税は基礎控除額を引いて計算し、20万円で済んでしまう((5,000-4,800)÷10=20万円)。

要するに、親孝行に思えた遺産分割が結果的には最も多額の相続税を背負い込む選択肢となり、逆に玲が私利私欲をほしいままにするなら、相続税は最も少なくて済むことになる。
もちろん、ここに挙げた例はごく簡単な計算に過ぎず、込み入った事情は捨象してある。
たとえば、実際には母の没後は財産が増減しているはずだし、玲に子供や養子ができるなどして相続人の数も上下するだろう。そうなれば、相続税の計算も改めて行わなくてはならない。
さらに、今回は遺産を均分できるという前提で考えたが、実際には不動産を均等に配分するのは困難だ(共有名義や分筆にすると、処分の際もめ事が起きることがある)。

しかし、次の二つだけは確かだ。目先の利益あるいは一部の人間の便宜を図った相続は、結果的に損失を招きかねない。
そして、このような事態を防ぐためにも、特に親の財産を相続する際は二次相続(二人目の親を亡くした時の相続)を踏まえた相続を考えるべきだろう。
参考記事:http://www.nikkei.com/money/features/37.aspx?g=DGXMZO8449270017032015PPE001&df=1

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